今世紀に入ってから、日本の夫婦や若者におけるセックスレス化が進行していることが、複数の調査で明らかになっている。一方で、性的サービスを提供する産業やポルノなど性的な表現を伴ったメディアは活性化している。セクシュアリティはリアル・カップルの外部で商業化され、バーチャル化しているのだ。この「セクシュアリティの外部化」という事態は、日本にとってどのような意味を持つのだろう?
日本の既婚者に関しては、セックスレス化が言われる前からセックス回数が世界的に見て少なかったが、日本家族計画協会による継続調査(対象49歳以下)では、2004年には31.9%だったセックスレス夫婦(一ヶ月の間にセックス関係がない夫婦)が、2016年には47.2%にまで増えている。日本性科学会の中高年夫婦に限った調査でも、2000年には、40代男性24%、女性30%だったのが、2012年には男性59%、女性54%にまで増えている。50代では、男性86%、女性79%と、ほぼ8割の夫婦がセックスレスとなっている(日本性科学会セクシュアリティ研究会編『セックスレス時代の中高年性白書』)。
© Japan Family Planning Association
未婚の若者をみてみよう。2015年に実施された出生動向基本調査によると、未婚者(18-34歳)で恋人がいる人(婚約者含む)は、男性で約2割、女性で約3割である。同棲率に至っては、わずか1.8%にすぎない。同棲相手どころか恋人もいない未婚者が大多数なのだ。そして、恋人がいる率の低下に伴って、性体験率も低下している。性体験がない人の割合は、20-24歳で男女とも約47%で、2002年の数字(男性34%、女性36%)に比べ大きく上昇している(第16回出生動向調査・国立社会保障人口問題研究所)。家族計画協会の調査でも、性交経験のない未婚者は、18-34歳で、男性42%、女性46%となっている。
中学生、高校生対象の調査でも、性交経験率の低下が報告されている。日本性教育協会の調査では、2005年に男子26.6%,女子30.3%あった高校生の性交経験率が、男子14.6%,女子22.5%まで減少している。
楽しいことから面倒くさいものへ
日本では、戦後、1950年位までは、夫婦の平均子ども数は4人を 越えていた。更に、1960年くらいまでは既婚女性の人工妊娠中絶数も多く、既婚女性一人当たり、平均6人妊娠していたと推定されている。戦後、避妊の普及による人口抑制が政府の課題だったように、夫婦の性関係は活発であったと推察される。その上、平均初婚年齢は低く、多くの若者は早く結婚して、性生活を営んでいたのである。
それが、近年、特に21世紀に入ってから、未婚率が高まる中、既婚者のセックス回数は減り、未婚者で恋人がいる人も減り、性体験率も低下し、性に関する興味関心も低下してしまった。この原因に関しては、さまざまな説が唱えられている。未婚者では、恋愛やセックスにあこがれがなくなった、経済的に恋愛する余裕がない、恋愛を諦めている、失敗を恐れて消極的になっているなどの説がある。既婚者では、長時間労働で仕事が忙しくて暇がなくなったなどの説があり、今、私も含めた研究者が調査データを詳細に分析している最中である。
私が、一番大きな要因だと思うのは、恋人や夫婦の間でセックスが「面倒くさいもの」となったというものである。2015年内閣府の調査で、恋人が欲しくない人の理由のNo.1が「男女交際が面倒くさい」(46.1%)というものであった(内閣府統括官2015『結婚家族形成に関する意識調査報告書』)。
そして、この「面倒くさい」というキーワードは、英語やドイツ語に相当する言葉がない。和英辞典をひくと、troublesome, difficultということになるのだが、欧米人になかなか説明しても分かってくれない日本特有の概念のようなのだ。それは、面倒くさいという言葉には、「やらなくてもよいものならやりたくない」という意味が含まれているからである。
お互いにセックスを「楽しむ」ためには、様々な努力や相手に対する気遣いが要求される。ただ単に身体的な満足だけではなくて、相手の望むものをくみ取りつつ、お互いの体に働きかるという心身の濃密にコミュニケーションが必要である。相手から拒否される可能性もある。未婚者にとっては、その上に、恋人になってセックスできる関係にたどり着くという努力が要求される。これが面倒くささの背後にある。
つまり、恋人や夫婦同士でセックスを楽しむという状態にたどり着くためには、相当の努力が必要なのである。それでも、20世紀までの日本人の多く(そして、外国の人々の多く)は、その面倒くささを乗り越えていたのだ。では、なぜ、21世紀に入ると、セックスを面倒だと思う日本人が増えてきたのか。
コストパフォーマンスの問題
それは、恋人や夫婦間のセックスが、「コストパフォーマンスが悪い」と考えられるようになってきたと考えられる。つまり、セックスで得られる満足が、セックスにかけるコストを下回ると意識されるようになったのだと考えられる。ベネフィットで言えば、恋人や配偶者とのセックスがあこがれではなくなったことが挙げられよう。恋愛やセックスが抑圧されていた時代には、恋愛やセックスすることが新鮮であり、未知の魅力があった。しかし、ポルノなどが普及するようになると、セックス自体が陳腐なものになり、あこがれの対象ではなくなったことが一因である。
そして、コストの面で言えば、女性の自立意識の高まりにより、男性の一方的なセックスによる満足は否定されるようになった。また、女性にも積極性が求められと言う形で、両性にセックスすることに対する負荷が加えられたことがあげられよう。
そして、 夫婦や恋人のセックス そして、恋人や夫婦とのセックス以外で「コスパのよい性的欲求の満足手段」が発展していることも背後に存在している。
私は、バーチャル・ロマンス、バーチャル恋愛とよんでもよい現象を調査している。それは、ポルノや性的サービス業、キャバクラ、メイドカフェといったものから、コミック・ファンやアイドルのおっかけに至るまで、擬似恋愛、性的欲求を充足させる産業が発展している。お金さえ払えば、断られることなく、相手に気遣うこともなく、性的満足やロマンティックな気分に浸ることも含めて、恋愛に性的に満足することが出来る。何より、相手に気を使うという面倒くささを回避することができる。つまり、「コスパのよい」性的満足の代替手段が存在している。
キャバクラやメイドカフェではお金さえ払えば、お気に入りの女性と会話を楽しむことができる。握手会に行けば、1000円のCDを買っていれば、あこがれのアイドルと握手できるのだ。男性であれば、性的満足に関しても、自分から気を使う必要もなく、自分の好みの女性から性的サービスを受けることができる。女性でも、レンタル彼氏サービスのようにお金を払えば、「相手から気を使ってくれる」サービスが存在している。またポルノをみて性的興奮を得るのはネットの普及により容易になり、BLコミック等の趣味をもち妄想にふける女性も増えている。
これは、既婚者でも同様の傾向がある。既婚者が性的サービス産業や先の日本性科学会の中高年夫婦調査では、既婚者で交際している夫婦以外の異性の割合が男女とも顕著に増大していることが分かっている。そちらの方が面倒くさくないということの結果だと思われる。
夫婦は経済的関係で子供を育てる共同経営者、未婚であれば共同経営者としてふさわしくなければ結婚しないし、恋人としてつきあわない。一方、ロマンスや性欲は面倒くさくない外部で楽しむ。このような社会に日本が向かっているのかもしれない。
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